「地球連邦政府参謀本部の命令によって、貴下の処刑を実施する」
男は空を見上げたまま微動だにしない。それに加え、その顔にはうっすらと笑みすら浮かべているように見える。
「最期に言いたいことはないか?」
「・・・。」
「懺悔したい事は?」
「・・・。」
処刑の陣頭指揮を任された連邦将校は矢継ぎ早に定例句を述べるも、男は変わらず空を見上げたままで反応はない。
一連の作業を終えると側にいた牧師を下がらせ、連邦将校は下級士官から乗馬用の鞭を受け取り、それを高々と掲げ、一声の下に振り下ろす。
「撃てーっ!」
大広場へと続くこの裏路地を歩いている中、半年前の一件を思い出していた。世界にとってすべてが始まり、私にとってすべてが終わったあの日のことを・・・。
耳には余韻がまだ残っている。小鳥達が一斉に羽ばたいてからどれだけ過ぎたのであろうか。辺りは何事もなかったかのように静かだ。ただ唯一違うのは、あの男の姿がそこにはなかったことだ。すでに兵によって棺に納められ、今まさに運ばれようとしている最中である。
パチ、パチ、パチ
処刑の執り行われた後方から場に不穏当な音が響く。
後方には大きな長机があり、そこには連邦軍正装を身にまとった多くの上級将校たちが座していた。
そして今、その中の初老がまわりの将軍達を制し、一人拍手をしながら立ち上がったのである。
制服に飾られた無数の勲章からしてもかなりの高い地位の人物であることは間違いない。
『諸君、あの忌まわしき一年戦争から…
大広場へと続く道だけに人は多い。ある種この多さは稀を通り越し異常とも言える。小銭の落ちる音や鈴の音なども小さな音を飲み込む喧騒さも有している。また普段なら賑わしている店も、そのほとんどが店を閉めてもいる。例外的に営業しているのは飲食店ぐらい、その飲食店もこの交通量を考慮してか路上にある椅子や机、看板などはすべてしまってあるようだ。しかし交通量を考慮してでないことは誰もが知っている。これから起きることを知ってさえいれば。
男はこのように続けた、あの段階で戦争を終わらせるべきでなかったと。サイド3に進攻しなかったのは愚行であると。直接統治し、根本的な原因を廃し、未来永劫の秩序を築くべきだったと。そして男は付け加えた。今、我々にはそれを実行に移すだけの力があるのだと。
これが支配体制強化を目論んだ演説とは誰の目からもが窺い知れた。それを彼らは宇宙及び地球各地に潜伏する反連邦スペースノイド達への見せしめとして執り行われたジオン公国総帥兼大将『ギレン・ザビ』の公開処刑の場でやってのけたのだ。全宇宙の全回線で茶番を演じきったのだ。赤子でも結果は分かる。その影響を知ってか知らずか…。
その影響は少なからずこのコロニーには形となって現れた。
X―18999コロニー。
私がギレン閣下亡き後、ジオン公国に自らの存在意義を見出せず、故郷を捨て、移民、いや、逃亡してきたコロニーである。
落ち延びるコロニーは他にもあった。だが私はここを選んだ。
理由は二つある。
ひとつは国籍上の問題だ。国籍は結果的には逃亡してきたのだから正規の物であるはずがない。相応のルートから入手した紛い物だ。とは言えその人物は存在する。話によるとこのコロニーで徴兵され、あの先の大戦を終結させた隕石に巻き込まれた男のものらしい。戦乱が激しくなればなるほどこの手のことは起きる。中枢部の混乱によりデーターベースは機能を果たさなくなり、最後には本人の証言だけが身分証明となるからだ。
もうひとつの理由はかつてこのコロニーには『ヒイロ・ユイ』と言う名のコロニー指導者がいたからだ。大戦の前に暗殺されたと聞くがその影響はジオン・ズム・ダイクンと並び立つほどらしい。だからこそ私はこのコロニーならあの先の一件を主体的に受けとり、その的確な答えを示すと思ったのだ。武力とは別の形で。
この先に閣下の死に対する答えがあると期待し、また不安を抱きながら進んだ。