第1章 第2回

 古代インドのラジャスターン州ウダイブル群には古代ラジャプート族の要塞があった。名を『勝利の塔』といい、その塔の螺旋状に広がる階段には一匹の妖怪が潜んでいた。名を『ア・バオ・ア・クゥー』。後に一年戦争と呼ばれるこの大戦の最終決戦の宙域『ア・バオア・クー』の語源である。この『ア・バオ・ア・クゥー』は螺旋階段を登る者が最上段の『涅槃(消滅の意を持ちながらも悟りの境地とも言われている)』に近づいていくごとに半透明であるそれは、青味がかった光を帯びはじめ具現化していく。しかし、その階段を登る者が涅槃に達した時、途端にもがき苦しみだし、その姿は不完全となり、輝きは衰える。その際の呻き声はしかし、絹の擦れる音に似てほとんど聞こえないという。

 宇宙要塞『ア・バオア・クー』にも最期の時が確実に迫りつつあった。決して誰もその最期の呻き声を聞くことはないだろう。

 時はア・バオア・クー陥落より数時間さかのぼる…。

 

 要塞砲を無効化すべくパブリク宇宙突撃艇、宇宙戦闘機が繰り出されたのはつい先刻前のことだった。しかしこれらの多くはすでにソロモン戦で戦訓を得たジオン軍側の対空ミサイルの前に撃沈されている。それに加え要塞攻略の切り札であったソーラ・システム搭載艦艇は、ソーラ・レイの照射で損失されてもいたため、手に詰まった連邦軍は、急遽MS隊を射出、ア・バオア・クーへと突撃させた。

 このような経緯もあってかMS戦が戦場の九分九厘を占めるのは当然と言えた。

だが両軍共にさすがと言うべきかココまで生き残った先鋭とでも言うのだろうか、それとも混戦に次ぐ混戦による疲弊だろうか、どちらにせよ戦闘は一進一退の攻防、遅々として動きがない。『先に動いた方が負ける』このような空気が確実にア・バオア・クーの宙域に浸透し、重く圧し掛かっていく。それはそんな中でのことだった。

 

最も激戦を繰り広げてられていたNフィールドで連邦軍の1個戦隊が特攻を試みた。このような初期の戦闘、犬死覚悟の特攻ではない。MS中隊を吐き出し、すべての補給作業を終え、すでに戦略的価値のないコロンブス宇宙輸送艦によるものである。残る推進剤をすべて使い果たし目標のムサイ級、それを取り巻くリック・ドム小隊目掛けて最大戦速で突き進む。軌道に乗ると共に乗組員はランチで艦より脱出、慣性に任せるのであった。無論戦闘能力を持たないコロンブス級であるだけに護衛艦がつかないわけではない。同戦隊のマゼラン級一隻が前面に、サラミス級二隻左舷、右舷の両脇に、巨体のコロンブス級に隠れるようにジム大隊及びボール中隊が構える。ことの事態を察したムサイ級及びリック・ドム小隊、周辺艦隊は必死の応戦をする。が、同時にコロンブス級を取り巻く護衛艦隊も射程距離に入るや否や先にコロンブス級より受けた補給を使い果たすかの勢いで攻勢をかけたため、辺り一面は砲座、ミサイルの往来に包まれる。しかしそのほとんどが弾幕と化したために両軍共なんら変化はない。

 

ムサイ級が離脱の命令を下したときには結果は決まっていた。マゼラン級がその使命を終え離脱すると、貪欲に加速度を伸ばした巨大な弾頭コロンブス級はムサイ級に大きくのめり込み大破させ、その両戦艦の爆発は逃げ遅れたジオンのMS隊をも巻き込む予定通りの大惨事となる。そして駄目押しするかのように連邦軍のジム大隊、ボール中隊が流れ込む。

 

…はずだった。

 

早期の段階で状況を把握していたドロス級空母ドロスはMS部隊を多少後方に防衛シフトを敷くものの雪崩れ込もうとする連邦軍をビーム、マシンガンで迎え撃つ。虚を突かれた連邦MS隊に打つ手はない。何よりも空母ドロスのパイロットはパイロットがいないと嘆かれる中でも学徒動員による兵はほとんどおらず、国防時代の猛者ばかり。それは、配備されているMSは最新鋭のMS―14系列ゲルググタイプが主配置されているにも係わらず、ザクタイプがまだらに見えることからも証明できる。何よりもそんな彼らだからこそ周辺艦隊はミノフスキー粒子を高濃度で散布することができ、連邦軍がその直前までドロスMS隊の存在を知る由がなかったことと言う一番の痛手を与えた。

 

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